日本大学生産工学部研究報告B(文系)第56巻
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にスライドをスクリーンに投影して講義が実施されている。学業成績として受講前年度のGPAおよび当該科目での単元試験の平均得点率をそれぞれ指標とした。検討の結果,いずれの科目においてもスクリーンを正面としない窓側や中央では前方に着席していた学生ほどGPAは高く,コロナ禍以前にいくつか報告された着席傾向と同じだった。しかしながら,スクリーンを正面とする廊下側ではスライドの大きさに対して適度な視聴距離である後方に着席している学生ほどGPAが高かった。これは,オンライン授業において高成績を獲得した学生の何人かが対面授業においても「スライドの見やすさ」を重視していることを示唆している。一方,単元試験の平均得点率についてはGPAと正の相関が認められたが,その相関から外れた着席位置がいくつか認められた。本論文では,相関から外れた要因が科目の進行に伴う着席位置の変更に関係すると推測した。科目初期においてこれらの位置に着席経験のある学生が科目の中期,終期にどの位置に着席したかを追跡した。相関より平均得点率の高かった位置と低かった位置に着席していた学生がどのような移動履歴を有していたかを分析したので報告する。コロナ禍以前において,学業成績と着席位置との関連性については数多くの報告がある。その中で,着席位置は科目を通じて固定されるという報告4),5)が多く,授業ごとの着席位置の移動に言及している報告は少ない。矢澤6)は,1年生の心理学の授業において,講義すべてにおいて無遅刻,無欠席の学生111名を対象に,着席位置と学習意欲あるいは学業成績との関係について検討している。教室を左側,右側,中央前方,中方および後方の5つのゾーンに分割したが,その中で,着席位置を固定している学生と移動している学生について言及している。報告では,ほぼ着席位置が固定している学生を固執型(31名),変動していた学生を移動型(65名)とした。さらに移動型を移動方向と大きさによって左右移動群(30名),前後移動群(19名),大移動群(8名)および小移動群(8名)に分けた。分析の結果,固執型全体と移動型全体を比較したとき,アンケートにより解答させた学習意欲に関する設問の得点と該当科─ 2 ─目の試験の得点いずれも有意差は認められなかった。しかしながら,移動群間で比較した場合,大移動群が小移動群と左右移動群のいずれよりも学習意欲が高いことを示した。小移動群と左右移動群は自分の好みの座席に他の学生が座っていたのでその対処として席の移動が行われ,これが学習意欲の低下につながったと考察している。一方,大移動群の学生は学習意欲が高く,その時の教室内の状況において自分にとって最適な空間を見つけ出していたと推察している。この報告において対象教室には黒板はあるがスクリーンが設置しておらず,板書により授業が行われていたと考えられる。したがって,情報伝達源としてスクリーン使用を主とした授業に当てはまるかは定かではない。中原7)は,自らの担当講義のデータを分析して講義を受ける学生側に必要な「成績の上がる受講方式」を提案している。分析の中で,着席位置の変更に伴う個人の成績変化にも言及している。具体的には,着席位置を後方から前方に変更した2名の学生について期末試験成績が前期と後期でどのように変化したのかを調査した。その結果,2名とも後方に着席していた前期に比べ,前方に着席位置を変更して受講した後期のほうが期末試験の結果が向上した。これは成績の良い学生と交流して自分の弱点が改善された結果であると考察している。しかしながら,著者自身も言及しているが調査人数が少なく,着席位置の移動と成績との関係については信頼性に欠ける点がある。3.1 分析対象とした科目,授業回および授業方法著者が以前行った分析3)において,対象とした科目は生産工学部応用分子化学科の分析化学Ⅰと同学部の環境安全工学科で開講された環境分析学である。分析化学Ⅰでは着席位置として教室内の座席を9ブロックに分割し,環境分析学では12ブロックに分割した。この分析では科目初期の着席状況を把握するため,最初に行われる単元試験直前の授業3回を科目初期として分析対象とした。具体的には授業回として分析化学Ⅰでは第1〜3回,環境分析学では第3〜5回に該当する。このとき,科目初期にブロック内に着席した該当年次学生の延べ人数は両科目のどのブロックも10名以上であった。本論文では科目初期において各ブロックに着席していた学生が授業の進行に伴って着席位置をどのよ2.コロナ禍以前における着席位置の移動と学業成績との関連性についての報告例3.分析方法

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