日本大学生産工学部研究報告B(文系)第54巻
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( 3 )務大臣鈴木喜三郎が各地方職業紹介員会に積極的な諮問を行ったが、このうち福岡地方職業紹介委員会に対して諮問された「職業紹介事業ノ普及並之カ経営上施設改善ヲ要スル事項」に対する答申では、「映画及講演会ノ開催」を「職業紹介所ノ利用宣伝」(名古屋地方・昭和二年、福岡地方・昭和三年)に活用することが、同内務大臣鈴木喜三郎の名古屋地方職業紹介員会への諮問「女工其ノ他婦人ノ職業紹介ニ関シ其ノ実績ヲ挙クルニ最モ有効適切ナル具体的施設ニ関スル其ノ会ノ意見ヲ諮フ」に対する答申では、「女工志望者並ニ其ノ父兄ノ自覚ヲ促スコト」について、「活動写真ノ利用」が三つ目に指摘されている。映画の活用は多様な側面から推奨されていたのである(注7)。こうした中で、一九三三年七月に斯業の宣伝を目的の一つとして設立された職業紹介事業協会が本格的な自主映画製作を行っていった。前掲拙稿で紹介した、『製糸に働く女工さん達』(一九三三年〔推定〕)、『出稼者の紹介』(一九三四年〔推定〕)、『時代の女性』(一九三四年〔推定〕)、『就職のほゝ笑』(日本電報通信社映画部作品。一九三八年〔推定〕)である。あわせて、同事業協会の機関紙『職業紹介』には、斯業関係者による映画シナリオ案も多く掲載され、登場人物たち求職者の人生と「幸福」を描くことを通じて斯業の宣伝とその意義が強調されていた。本稿で検討対象とする次の五つの映画シナリオ案も、こうした時代背景の中で作成されたものと推察される。①「(シナリオ案)静岡県下に於ける茶摘」  (作成年月日不明。糸井文庫綴二一一─一一)②「(シナリオ案)岐阜地方に於ける提灯団扇、傘製造」(同右)③「(シナリオ案)瀬戸地方に於ける窯業」(同右)④松村義太郎作・竹中聖水誦「琵琶講談 苦難の成果」  (大阪市立中央職業紹介所 俸給生活者紹介部内 信交会。作成年月日不明。糸井文庫綴二一一─一四)⑤中部教育映画製作社脚本部作「職業紹介宣伝映画 〝筋書〟仮名〝苦楽の門〟」(作成年月日不明。糸井文庫綴二一一─一五)このうち、①~③は、映画教育が盛んであった(注8)名古屋地方職業紹介事務局が作成あるいは作成依頼したシナリオ案である。糸井謹治が一九二九~三四年に名古屋地方職業紹介事務局に勤務していたことから史料が残されたと考えられる。というのも、シナリオ地域である静岡、岐阜、瀬戸地方(中部地方・愛知県北中部の市)はいずれも名古屋地方職業紹介事務局の管轄下にあり、シナリオ案の中にも管轄地内の公立事業が登場するからである。⑤は中部教育映画製作社脚本部作とあり映画会社の詳細は管見の限り不明であったが、中部地方は名古屋を中心とした地域であり、同様の理由で残されたものと考えるのが妥当であろう。なお、④のみが大阪市立中央職業紹介所の製作である。同紹介所は、一九一九年八月設立、一九二〇年の「職業紹介法」施行後、一九二三年四月に大阪地方職業紹介事務局の管轄となっており、俸給生活者紹介部は高学歴層を対象にした同所の一部署で、一九二六年一月に設置されていた(注9)。作者・誦の人物および信交会の詳細は不明であったが、信交会は知識階級担当の職員による有志集団と推察される。同様の部署は東京にもあったが映画シナリオ案は見られず、先駆的試みといえそうである((注(注。このように、①~⑤は、一九三〇年代中盤にかけて糸井が勤務していた名古屋地方を中心とする中部・関西地方の職業紹介事務局がかかわった史料という特徴がある。3.記録映画シナリオ案の検討では、五つの映画シナリオ案を検討していこう。最初は三つの記録映画シナリオ案である。①「(シナリオ案)静岡県下に於ける茶摘」(作成年月日不明。糸井文庫二一一─一一)は、ガリ版刷りで全三頁、一三タイトル(シナリオではTと表記)、四九行ある。表記は右から左への縦書きで、タイトルと風景カットの記述が繰り返されている。タイトル下に、「撮影ノ時期 四月下旬ヨリ九月下旬マデ」「撮影ノ場所 静岡市─及其附近清水港」と設定が書かれている。最初に、静岡の茶産業の説明が入る。「山は冨士─茶は静岡─三保の松原辺より冨士を影す」、さらに「広々とした茶園を影し『年毎に二千三百万円の芽を吹く静岡県下の茶園は一万七千町歩』と一字つヽ影し出す」、「茶摘婦二、三人が茶を摘んで居る場面を影しその上に『年々茶摘婦の雇人は四十人もある』と一字つヽもある』と一字つヽ写し出す」というのである。次いで、茶産業の労働と職業紹介所の求人との関係が記され、「紹介所の内部電話受話器を耳にせる事務員/某茶園事務所の文字(看板を入れて同所の入口を影す)」、さらに「茶園事務所の内部電話受話器を耳にせる人/更に紹介所の内部電話受話器を耳にせる事務員」「求人票に茶摘婦十五人申込の採用条件を記入しつヽある情景(大写し)」が映される。

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