日本大学生産工学部研究報告A(理工系)第55巻第2号
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ていたものを柳沢が譲り受けたもので,現在,京都大学に保管してある。ベトナム中央高原に住む少数民族はゴングを製造しておらず,沿岸部に住むキン族や国境を接するラオス,カンボジアから購入したゴングを,ゴング調律師がゴングセット毎に適切な音階,音色に調律し,村落の儀礼・祭礼の際に演奏に用いている。測定は2021年11月に京都大学で,(株)レックス社製ハンドヘルド蛍光X線分析計VANTAを用いて行った。一般的に定量分析においてハンドヘルド型蛍光X線分析計はICP発光分析と比較して分析精度が劣るとされている。また,今回の分析では試験体表面の酸化被膜を除去せず分析するため,酸化被膜の有無による影響も評価する必要がある。今回は,銅(Cu)と亜鉛(Zn)の合金である黄銅(Cu-Zn),銅(Cu)と錫(Sn)の合金である青銅(Cu-Sn)を判別するための計測が主な目的である。そこでまず,予備試験としてICP発光分析を行った標準試験体A:Cu-27.1mass%Zn合金,試験体B:Cu-8.5mass%Sn合金(以下単に%)との比較を行った。また,意図的に塩基性炭酸銅被膜を発生させた標準試験体Bを分析し,酸化膜の影響について調べた。なお,ハンドヘルド型蛍光X線分析計による測定は3か所とし,その平均値とした。ハンドヘルド型蛍光X線分析計で計測した結果,試験体A:Cu-26.8%Zn,試験体B:Cu-7.8%Snとなり,いずれの試験体でも合金元素の定量値は低い値を示したが,その差は0.5%程度と極めて小であった。また,意図的に被膜を発生させた試験体Bの分析結果はCu-7.6%Snとなり,酸化被膜の影響も小であることが確認された。このことから,本実験の目的である合金種の同定には大きく影響しないと考え,分析結果の補正および酸化被膜の除去は行わなかった。本実験では測定器との距離・測定時間などの測定条件は,測定器の標準的な条件に準じた。測定個所は測定対象の大きさに関わらず,原則として表面3箇所,側面2箇所の計5箇所とし,主要合金元素の割合が最大および最小となる測定結果を除いた3箇所の平均値を定量分析結果とした。また,測定結果のばらつき,特定部分に微量合金元素が見られるなど測定個所の影響が認められた際には測定個所を増やした。各ゴングの定量分析結果をTable 1に示す。ここで,Snは錫,Znは亜鉛,Pbは鉛,Cuは銅である。これらによれば,いずれもCu-Znを主成分とした黄銅(真鍮)で造られており,①から⑥のコブ付きゴングに関しては現行のC2600またはC2700に相当する材料で,塑性加工性と見た目(金色)のバランスに優れた材質である。これらはトランペットやサックスなどの金管楽器によく使われる。また,⑦から⑮のフラットゴングに関しても上記と同様にCu-30.0%Znを主成分とした材料であるが,錫および鉛が微量ではあるが見られる。Cu-Zn合金に対する錫添加の効果として鋳造欠陥の軽減,あるいは,耐食性の向上,鉛添加の効果として鍛造性や被削性の向上などがある。今回の材料では錫の分量は少なすぎて,これらの効果を得ることは難しいと考える。また,鉛に関しては鍛造性を改善するために1%程度入れる材料もあるが,この場合,材料の亜鉛(Zn)量は40%程度と今回分析した材料よりも高い。黄銅においては亜鉛量が増加すると加工性が低下するため亜鉛増加による加工性の低下を補うため鉛を添加することが考えられるが,今回分析した材料はいずれもZn量が30%程度と加工性に優れた成分であるので,加工性の向上を目的として鉛を加える可能性は低いと考えられる。これらから,分析によりみられた錫および鉛は意図的に導入したものでは無く,真鍮板製作工程で混入した不純物,または,リサイクルメタルを使ったために不純物が混入したものと考えられる。以上のことから,コブ付きゴング6枚とフラットゴング9枚は,可能性として,それぞれを別々の製造場所から購入されたものと考えられ,コブ付きゴングを製作した場所はC2600やC2700など現行の真鍮板を用いており,それに比して,フラットゴングはリサイクルメタルなどを用いて真鍮板から製作している場所と考えることができる。また,前者は後者に比して,新しいものと考えることもできるが,現在でもリサイクルメタルを用いてゴングを製作している楽器工場も存在する可能性もあるので,一概には言えない。今後,さらにベトナムを含めた東南アジアのゴングの調査を行う必要がある。ベトナムのゴングにおける成分分析の測定から,いずれも板金で造られた黄銅製で,Cu-Znを基準した一般的な真鍮板で造られており,コブ付きゴングの材料は現行のC2600またはC2700に相当する真鍮板であり,フラットゴングのそれは微量の錫と鉛が含まれていることが明らかになった。このことから,コブ付きゴングとフラットゴングは,それぞれ別の場所で製作されたものと考えられる。─ 20 ─4.分析結果および考察3.測定方法5.まとめ

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