─ 7 ─たものなどもある。このような法廷の臨場感を伝える写真は，第１号事件を始めとする1945年末から1946年頃までのものに多く，1948年以降に撮影されたものになると，被告人が軍事委員から宣告を受ける際の直立不動の姿や，被告人の身分証明的な顔写真といった単調なもの多くなる。ただしこの時期に撮影された写真であっても「九州大学生体解剖事件」のようなセンセーショナルな事件や，女性が被告人になっているような事件の場合は，写真枚数や内容も豊富となっている。このうち本章では，撮影内容とキャプションの記載情報が充実している横浜法廷の初期の写真のうち，現在，筆者が取り組んでいる戦犯法廷における弁護制度研究にとって興味深い写真を取り上げ，その資料的意義を紹介する。3.1 横浜弁護士会の支援まず初めに，図７注17）の１名の米軍将校と２名の日本人が撮影された写真をとりあげる。この写真のキャプションによると，撮影地は横浜法廷内で，撮影日時は1945年12月17日とある。そして被写人物としては，米軍将校の方が横浜法廷を管轄するアメリカ第８軍法務部長のRobert V. Laughlin大佐，日本人の方は“H. Kashima”と“Y. Yamamoto”なる人物の名前が記されている。この２名は，おそらく横浜弁護士会（現，神奈川弁護士会）の鹿島寛弁護士と山本義民弁護士と思われる。というのも，彼らの着衣が旧憲法下の弁護士の職服であることから，1946年12月４日作成の『横浜弁護士会名簿』で氏名検索をしたところ，所属弁護士として「鹿島寛」と「山本義民」の名前が掲載されていた。このことからキャプションの“H. Kashima”が鹿島寛弁護士，“Y. Yamamoto”が山本義民弁護士と推測される。ただし残念ながら，キャプションには，左右の人物のうちどちらが鹿島弁護士・山本弁護士かの情報は記載されていない。この図７の写真は，横浜法廷がスタートする際の弁護体制を考察する上で，非常に興味深いものがある。図７の写真が撮影された1945年12月17日は横浜法廷開廷の前日にあたり，当日の午前９時から軍事委員とアメリカ側の検事・弁護人の三者が法廷に集まって，翌18日から始まる審理の打合せを行っていた。この写真の撮影日である17日は，いわば横浜法廷の今後を決める重要な１日でもあった。なお外務省の記録によると，この打合せには陪席者として，第１号事件の日本人弁護人を受任した渡辺治湟横浜弁護士会会長，外務省から井上正直通訳，そして終戦連絡横浜事務局嘱託として，鵜飼信成元京城帝大教授注18）の出席が記録されている。その一方で，鹿島・山本両弁護士の出席は記録されていない23）。ところでこの12月17日の打合せは大混乱のなかで行われていた。実は，GHQから横浜で戦犯審理を開始するという指令が出たのが12月10日のことで24），図７の写真が撮影された１週間前にあたる。ところがこの指令には開廷日の具体的な日時が記されておらず，日本側では開廷日の情報収集を行うが，GHQ側の方でも明確な日時までは決めていなかったようで，日本側が入手できた情報は12月12日に至っても「十二月十七日頃ノ週ニ開廷サルヘキ可能性ハアリ」25）とする漠然なものであった。ともかく数日中に戦犯審理が始まるということで，戦犯容疑者の支援を行っていた第一復員省（旧陸軍省の後継官庁）や，横浜に駐留する米第８軍との折衝に当たっていた終戦連絡横浜事務局は騒然状態となり，第１号事件の日本人弁護人の選任もなかなか決まらず，当時の横浜弁護士会会長であった渡辺治湟弁護士が，紆余曲折の結果受任したというものであった。ところで戦犯容疑者・被告人の弁護人問題は，GHQが９月に東条元首相ら戦犯容疑で逮捕して以降，10月頃から，司法省，陸軍省（第一復員省），外務省の間で調整が行われるようになり，弁護人候補者として在京の有力弁護士，あるいは英米法に詳しい専門家を斡旋する方向で人選が進められていた。また外務省の外郭団体である終戦連絡中央事務局もGHQと折衝し，BC級の戦犯法廷が開廷した際には，日本人弁護人も米軍側弁護人とともに審理に参加できるという合意が得られていた注19）。ところがGHQより12月17日頃に横浜で戦犯法廷が開廷するという情報が日本側に伝わると，予定されていた日本人弁護人の候補者から「日程がつかない」とか，戦災による壊滅的な交通事情により，横浜への法廷通いが難しいとの理由で辞退する者が相次ぎ，当時，大日本弁護士連合会代表であった東京第二弁護士会長の林逸郎弁護士が，12月15日の午後に横浜弁護士会会長であった渡辺治湟弁護士に対して，横浜法廷の地元弁護士という図７ 横浜法廷開廷前日の日米の法曹関係者The National Archives at College Park所蔵画像（画像請求番号：111-SCA/ 5587/ #3/ SC227273）
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