日本大学生産工学部研究報告B(文系)第53巻
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─ 5 ─犯関係者の場合は「石垣島事件」の森口氏のように,遺族・関係者の協力が得られない限りまず不可能である。何れにしても被写人物とキャプションの人物名の同一性に関する問題は,キャプションの内容に注意を払いつつも,そのまま信拠せざるを得ないのが現状である。2.3 法廷写真集の概要2.3.1 撮影対象となった法廷この16冊の法廷写真集には合計1,660枚の写真が綴じられており,うち9枚を除くすべてが対日戦争犯罪法廷に関するものである(表1参照)。報告者が各写真のキャプションを分析したところ,撮影対象となった法廷は次の5つで,①東条元首相らA級戦犯が起訴された東京裁判(1946年5月3日~1948年11月12日)を始めに,②BC級戦犯が起訴されたグアム法廷(1945年2月26日~1949年4月28日),③マニラ法廷(1945年10月8日~1947年4月15日),④横浜法廷(1945年12月17日~1949年10月19日),そして⑤準A級戦犯が起訴された丸の内法廷(1948年10月~1949年9月6日)の写真であった。これら5つの法廷に共通することは,すべてが米軍の管理下にあったということで,SCの撮影任務も米軍の管理業務の一環として行われたものと思われる。なお,米軍管理の法廷には上海法廷やクェゼリン法廷もあったが,理由は不明であるが両法廷の写真は綴じられていない注13)。また対日戦争犯罪法廷には米軍管理以外の法廷もあり,太平洋戦域を中心にイギリス軍やオランダ軍などが開設した法廷が46か所あったが8),これらの写真もNARAの法廷写真集には綴じられていない。なお,本稿では「A級戦犯」,「BC級戦犯」あるいは「準A級戦犯」という呼称を用いているが,これは1945年12月5日にGHQが公布した『戦争犯罪被告人審理規程(Regulations Governing the Trials of Accused War Criminals)』の第2条の規定に基づくものである。この第2条では対日戦争犯罪の起訴内容をA級・B級・C級の3等級に分類し,A級が「平和に対する罪」,B級が「通例の戦争犯罪」,C級が「人道に対する罪」とし,現在この分類が一般的となっている。その一方で,かつて第二次大戦終結直後の一時期,日本政府では戦犯の分類を第1種・第2種・第3種と区分し,第1種を「政治責任関係」,第2種を「指揮命令関係」,第3種を「残虐行為実行関係」として分類することもあった注14)。そのため「捕虜虐待」容疑で逮捕・起訴された下士官クラスの元被告人のなかには,自らをC級戦犯と名乗る関係者もいる注15)。おそらくこの認識は「C級=第3種」という理解に基づくものと思われるが,これは本来のC級戦犯の定義とは一致しない。C級戦犯のいう「人道に対する罪」とは,“自国民”への非人道的行為や,あるいは政治的・人種的・宗教的理由による迫害行為に対するもので,ナチス・ドイツによる自国内のユダヤ人に対するジェノサイドがその具体例となる注16)。つまり日本人被告人がC級として起訴されるには,日本人に対する迫害行為があった場合となり,この点,林博史氏の研究によれば日本人戦犯はB級での起訴がほとんどで,C級による有罪宣告はなかったとされている9)。そのため横浜法廷の有罪者を「BC級戦犯」と称することは用語的に不正確で10),本来は単に「B級戦犯」とするのが正しい。しかしながら,現在,日本では「BC級戦犯」という表現が一般化されており11),本稿でも便宜上この表現を用いている。2.3.2 各法廷の撮影写真の概要表1に示した通り,法廷写真集には市ヶ谷法廷(東京裁判)や横浜法廷のなど5つの対日戦犯法廷の関連写真が収録されている。何れも各法廷の何れの写真も貴重な写真であり,本項では各法廷の撮影概要について,収録枚数の多い順に紹介をする(横浜法廷は後述する)。まずこの法廷写真集のなかで最も収録枚数の多いのが横浜法廷関連のもので,700枚を数える。次に多いのが東京裁判関連の写真で595枚となり,撮影内容としては市ヶ谷法廷に立つ被告人の様子はもちろんのこと,裁判官・検事・弁護人,さらには通訳などの法廷スタッフも写されている。また証人関連の写真も非常に多く,証言台に座る証人の様子や,法廷内の一室で休憩する証人の様子を捉えた写真もある。珍しいところでは満州事変時の関東軍参謀であった石原莞爾陸軍中将が酒田市内の出張法廷に出席している様子や12),陸軍参謀として日中戦争に深く関与した影佐禎昭陸軍中将が,入院先で証人尋問を受けている様子を撮影した写真もあった13)。3番目に多かったのがマニラ法廷関連の写真で,321枚が収録されていた。このマニラ法廷で審理された事件件数は日本政府の記録によると88件とされ14),この法表1 NARA所蔵の法廷写真集の撮影対象法廷及び写真枚表法 廷 名枚 数横浜法廷700枚市ヶ谷法廷(東京裁判)595枚マニラ法廷321枚グアム法廷20枚丸の内法廷15枚その他9枚合  計1,660枚集計結果は報告者の調査に基づく。

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