日本大学生産工学部研究報告B(文系)第53巻
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─ 4 ─のキャプションの記載状況は図6のように,タイプライターで印字したメモを切り貼りしたもので,キャプションの記載内容は基本的に①写真の整理番号,②被写人物の情報,③撮影年月日,④撮影場所となっている。なおキャプションの情報量は撮影時期による変化がみられ,1948年を前後して内容が簡略化する傾向にある。例えば横浜法廷関連の写真では,最初期の1945年末から1946年頃までのキャプションには,被告人の氏名のみならず米軍側の弁護人や警護スタッフの氏名,さらにはその階級,居住地まで記されていた。ところが1947年以降徐々に簡略化され,1948年前後になると被告人の名前と撮影地・日時の記載に止まるようになる注9)。この法廷写真集のキャプションの一例として,A級戦犯として起訴された大川周明の画像(図5)を紹介する。大川は東京裁判が開廷した1946年5月3日に東条英機元首相の頭部を殴打したことで知られているが,図5の写真はそのキャプション(図6)によると「SC238856/東京の陸軍省における極東軍事法廷から退廷させられた大川周明が,オハイオ州クリーブランドのDavid V. R. Sticle大尉とAP通信のRussel Brines注10)に,罪状認否の間,どのようにして東条の頭を叩いたかを実演している。大川周明は健康悪化により法廷から外された。/ 46年5月4日」注11)とあり,この写真は殴打後に取材を受ける大川の様子を捉らえたもので,彼の笑みについて,その背景を窺い知ることのできるような手掛りをもたらしてくれる。因みにこの大川に関するキャンプションの記述内容は,他のキャプションと比べて詳細に書かれている方で,1946年頃までのキャプション内容は,いずれもこのようなレベルの内容となっている。その一方でキャプションの内容には注意すべき点もある。具体的には,撮影年月日や被写人物に関する記載情報の正確性である。キャプションの日付が明らかに間違っている場合があり,また被写人物の氏名のスペリングが不正確な場合も見られ,図6のキャプションに記されている“Russel”の綴りなどが実例としてあげられる。また日本人氏名のローマ字表記は難物で,筆者の調査でも読み取ることができず,人物特定に至らなかったケースもあった。そして最も深刻な問題が被写人物の取り違いである。実際,A級戦犯として起訴された武藤章陸軍中将の写真に対して,「東条」と紹介するキャプションもあった6)。このような被写人物の取り違いについては,武藤のような著名な人物であれば,浅学の筆者であっても辛うじて気づくことができる。しかしながらBC級戦犯関係者の場合,そのほとんどが一般の軍人・軍属・市民であるため,取り違いに気づくことはまず不可能である。例えば,46名の被告人に対して41名もの絞首刑宣告者(7名執行)を出したことで知られている「石垣島事件」(横浜法廷237号事件/ Case No.258)について,森口豁氏がNARAで保管されている法廷写真を調査したところ,キャプションに記載されていた人物名のほとんどが別人であったという注12)。森口氏は被告人の遺族から渡された写真によってキャプションの誤記に気づき,本人が写っている写真を探し出すことができたとのことである7)。以上のようにNARAが保管する写真のキャプションには,撮影日時や氏名のスペリングなどに正確性を疑わざるを得ないものがあり,歴史資料としての取扱いには注意を要する。しかしながらこのことによって,キャプションの資料的価値が失われるものではない。キャプションの正確性の担保は,他の文書資料と比較検証すれば良いだけのことで,そのなかでも最も信頼できる文書資料が米国側で作成した各事件の法廷速記録である。法廷速記録には開廷日時や発言者の氏名などが詳細に記載されており,特に日本人氏名のスペリングについては,人定質問の際には本人の名前をアルファベットで一文字ずつ述べさせることが多く,速記録もその通りに記載しているからである。ただし,被写人物とキャプションの氏名の取り違いについてはその検証は難しく,BC級戦図5 大川周明の画像The National Archives at College Park所蔵画像(画像請求番号:RG111-SCA/ 5588/ #4/ SC238856)図6 図5の写真のキャプションThe National Archives at College Park所蔵画像資料(画像請求番号:RG111-SCA/ 5588/ #4/ SC238856)。本稿で紹介するNARA所蔵の対日戦争犯罪法廷写真集には,各写真の裏面にこのようなキャプションが付されている。

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