日本大学生産工学部 研究報告B(文系)第52巻
25/28

─ 23 ─な印象を与えてしまう。よって,「人質を取り,その人質を殺害した」と左から右に説明的に訳すことで解釈に不都合が起こらないようにした。3.3.4 借用語現代の日本語の自然な発話には外来語の表現が多く含まれており,日本語対訳においてもその影響が多く認められる。しかし,日本語における借入語や,借用語を基に作り上げられた表現は,元の英語表現が意図する意味と完全には一致せずに,特定の限定された意味範囲を持って,異なった概念を示すことも少なくない(Winford, 2003)22)。日本語における「マンション」が,英語のmansionでは「大邸宅」という意味内容を示すというのはよく知られた例である。あるいは,日本語において,英語のwaterにあたる語は「水」として認識されているが,英語のwaterは「お湯」も指示することができる(鈴木,1973)23)。より詳細な認知意味論的観点からの分析は,廣瀬(2012)24)を参照されたい。さらに,最近の例でいえば,フランス語からの借用で,英語においてもcafeとして使われる語は,日本語においても「カフェ」として「喫茶店」を意味する語彙として使用されるが,同時に,「サイエンスカフェ」や「哲学カフェ」などのように複合語の右側の要素として用いられる場合は,対話の場という意味に変化しているようである。このような日英の「ずれ」の存在を考慮し,SCoREの英語文の日本語訳については,借用語ではない表現を優先するという方針をとっている。たとえば,⒀の例では,一回目の訳出では,「ロックする」であった表現は「かぎをかける」と修正されている。⒀ He forgot to lock the door. 彼はドアをロックするのを忘れました。→ 彼はドアにかぎをかけるのを忘れました。しかし,代替できる簡潔で適切な日本語がないような場合,特に名詞表現に関しては借用語を用い,カタカナで表記している。たとえば,hybrid car, o seasonはそれぞれ「ハイブリッド・カー」,「オフシーズン」としている。なお,2019年2月現在で,SCoREのウェブでは,Sometimes governments will list places to avoid because of armed conict or other safety reasons.に対して,「時々政府は武力紛争またはほかの安全上の理由のために避けるべき場所をリストアップするでしょう」という対訳が付与されているが,「リストアップする」は「~場所の一覧表を作成する」へ修正の予定である。3.まとめ上記のSCoREの英語例文への日本語対訳作成についての考察は,日本語母語話者が英語を学習するときに助けとなるような日本語訳を探る試行錯誤の実例の一部である。学習者が自分で言語の規則やルールに気づく学びであるDDLにおいて,対訳の果たす役割は小さくないように思える。複数の実例を観察して英語例文から共通の要素を見つけるときに,日本語訳はヒントを提示することができるからである。SCoREの英語例文に付与されている日本語訳は全体の傾向としては逐語訳的であり,日本語らしさを備えた通常のスムーズな日本語文とは性質が異なる。ある短編小説(清水,1988)25)では,中学校教科書の英文を直訳したようなリズムでしか会話ができなくなった,架空の登場人物が,会話が弾まないことや,ぎこちなさを嘆いている。しかし,英語の学習にとっては,ぎこちない日本語文であっても,英語の文の構造が反映されており,かつ,伝達内容が日本語においても一致するような逐語的な訳が有用であると考える。日本語と英語の対照研究という観点から,それぞれの言語の特徴や差異について論じている研究は数多く報告されており(池上,1981;廣瀬他,2010;廣瀬,2017;中右,2018;高嶋,2019)26)−30),そこから得られる知見は,どのような日本語訳が英語学習にとって有用であるかを考察するにあたって,間接的ではあるにしろ,重要な示唆を与えている。それらの研究成果を踏まえながら,日本語文として容認でき,また内容理解もスムーズにできる一方で,英語学習に有益な訳がどのような特徴を持つのか,今後も考察を重ねていきたい。謝辞本研究はJSPS科研費JP17H02366の助成を受けたものです。参考文献1)Johns, T., Contexts: The Background, Development and Trialing of a Concordance-based CALL Program, in Wichmann, A. Fligelstone, S., McEnery, T. and Knowles, G. (eds.) Teaching and Language Corpora, London: Longman, 1997, 100-115.2)Cobb, T. and Boulton, A. Classroom Applications of Corpus Analysis. In D. Biber & R. Reppen (eds.), The Cambridge Handbook of Corpus Linguistics. Cambridge: Cambridge University

元のページ  ../index.html#25

このブックを見る