日本大学生産工学部 研究報告B(文系)第52巻
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─ 22 ─⑼ Will e-readers help students to read better? 電子書籍リーダーは生徒たちがより良く読書する手助けをするでしょうか?意訳としては,たとえば,「電子書籍リーダーというものは生徒たちが~」のように表現することも可能であるかもしれないが,日本語の「~というもの」に対応するはずの英語の語彙が欠如するということになってしまう。そのため,特に初級レベルの英語に対する訳としては望ましい訳ではなく,電子書籍リーダーが複数形であることを示すのは困難だと判断した。しかし,将来的には,無冠詞複数形の無生名詞の例文が複数提示され,「~というもの」という訳文に対応することに気づくことができれば,当該形式が一般的な総称を示すという学習が可能となるかもしれない。これについては今後の課題である。3.3 語彙に関わる訳出の課題(「自分」/親族関係/動詞/借用語など)3.3.1 自分英語の所有格は日本語の「自分の」に対応する場合と,そうではない場合がある。⑽ He has changed his name to something easier to pronounce. 彼は彼の名前を発音しやすい名前に変更しました。英語では文頭のHeとnameの左のhisは同一人物のことを指す場合もあれば,そうではなく,Heとhisが別々の人物,たとえば,前者と後者がそれぞれ父と息子を指すような場合も可能である。また,日本語文においても,「彼は彼の名前を発音しやすい名前に変更しました。」という表現には,文中の2回使われている「彼」が同一人物を指す解釈と,そうではなくて,ふたりの別の人物を指す場合があると思われる。ただし,前者の,同一人物を指す解釈の場合は,「彼は自分の名前を発音しやすい名前に変更しました」のように「自分」という表現を使うか,あるいは,単に,「彼は名前を発音しやすい名前に変更しました」のほうが,「彼の」と表現するよりも,容認度が高い。前述したように,訳出にあたっては,提示されている英語文に含まれている情報のみに基づいて日本語訳として作成する方針であるため,文脈なしでは,この英文のheとhisが同一人物なのかそうでないのかは不明である。そのため,このような場合は,「自分の」という訳を付けたものと「彼の」としたものが混在している。3.3.2 親族関係英語では親族関係を表すbrother, sisterはそれぞれ「兄」か「弟」,「姉」か「妹」を指し,指示対象と比べて年上であるか,年下であるかは明示しなくてもよい。一方,日本語では,年齢が上であるか下であるかによって使用する語が異なる。英語例文にこの語が用いられているとき,訳出者の好みによって,兄か弟,姉か妹のいずれかを選択した。また,uncleには「伯父」と「叔父」,auntには「伯母」と「叔母」の訳があるが,これらの語については,それぞれひらがな表記で,「おじ」,「おば」として訳出している。3.3.3 動詞次の例文は動詞に関わるものであり,英語の動詞の意味や,動詞と名詞の関係が,日本語の動詞に直に反映されないことが示される。(日本語訳のうち最初の文は1回目の訳,次は2回目の改訳,最後の日本語訳は3回目で確定した訳を示す。)⑾ She is a woman whom the press adores. 彼女はマスコミが崇敬する女性です。→ 彼女はマスコミが大好きな女性です。→ 彼女はマスコミが賛美する女性です。英語の動詞adoreは最初の訳では「崇敬する」という語彙があてられている。しかし,日常で用いられる用語とはいいがたく,また,「マスコミ」と「崇敬する」というコロケーションも不自然であると判断した。2回目の改訳は,adoreに「大好き」という訳を選択しており,わかりやすい語ではあるが,英文では,マスコミがadoreするという意であるのに,訳出された日本文を見てみると,彼女の性質として,彼女がマスコミを好きであるという意味にもとれる両義的な文となってしまっていた。よって,3回目の訳では,「賛美」という訳語を充てることによって,英語が示す構造が担保されたまま,日本語に訳されている文となり,この文をSCoREの英語文の対訳として選択した。次の例は,時間の図像性(iconicity)に関わるもので,日本語に訳すると行為の時間の流れが不自然になってしまうような英文の例である。(矢印の左側が1回目の訳,右側が2回目の訳であることを示す。)⑿ The man took several hostages whom he killed. その男性は彼が殺した数人の人質を取りました。→ その男性は数人の人質を取り,その人質を殺害しました。通常の時間の流れに沿って,英文の伝達内容を理解すると,まず人質がいて,その人質を彼が殺す,という事案がある。しかし,最初の訳の案では,「殺した人質を取る」となるために,すでに死んでいる人質をとるよう

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