日本大学生産工学部 研究報告B(文系)第52巻
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─ 19 ─場合は,「ボブは『専攻を変えるのは簡単です』と言いました。」のように発話内容を示す従属節末は敬体で表す。(2019年2月時点で,SCoREの日本語訳には,このようになっていないものが数例あるが,これらは今後の修正の対象としたい。)⑸の文字表記の選択については,SCoREの難易度レベル別例文(初級,中級,上級)のうち,上級者レベルの英語文に対応する日本語訳については,読みやすさ等を考慮し,初級や中級レベルほどには厳密に適用されていない。しかしながら,頻出する語については,統一を図っている。たとえば,「誰」は「だれ」,「時」は「とき」,「煙草」は「たばこ」,「頬」は「ほお」,「下さい」は「ください」,「美味しい」は「おいしい」,「達」は「たち」,「子供」は「子ども」などである。一方,「what」に対応する訳は「なに」というひらがな表記ではなく,「何」の漢字表記を用いている。また,身近な動物や家畜の表記については「犬」,「猫」,「馬」,「牛」など,漢字表記で表示するが,親しみが薄いと思われる動物については,「ネズミ」,「シチメンチョウ」などのように,カタカナで表記する。2.2 日本語対訳の表記以外についての方針上記で紹介したのは,日本語対訳作成についての表記についての方針であったが,他に,対応する語彙の選択や英文の語を明示的に訳出するか否かについて,英語学習目的の日本語訳を作成するという観点から,訳出担当者の間で基準となるような考え方を共有している。以下では,その考え方について説明する。2.2.1 英語学習に利する日本語対訳作成と等価性「訳すること」の理論的な中心概念は等価性(equivalence)である。原文となる起点テキスト(source text)と訳出される目標テキスト(target text)は,現実世界の同じ事象を示し,等価性はこの起点テキストと目標テキストとの間に実現するとされる。等価性は,さまざまなレベル,たとえば,語レベルや語を越えたレベル,文法的な形式レベル,語用論的なレベル等々において,異なる程度で,実現し得る。そして,実際の訳出においては,すべてのレベルで等価性を実現する必要はなく,どのレベルの等価性を優先するかは訳出者に委ねられている14),15)。SCoREの英文に付与された日本語訳は学習を円滑にし,特に文法学習に有用であることを意図している。そのため,英文と日本語対訳の間での命題の等価性があることは必須であるが,他に,叙述文,疑問文,命令文などの文の種類としての等価性や,主語や目的語といった文法関係の等価性,文の構造の等価性などが重視される必要がある。つまり,テキストの伝達内容が一読で理解でき,かつ,英文の構造や,可能な範囲で品詞等も,対応する訳を目指すことを基本方針とする一方で,通常の日本語母語話者が書いたり,話したりするような,流暢さや,日本語らしさを損なう可能性をある程度許容している。そのため,語用論的な等価性や,想定される発話状況の等価性はどちらかというと考慮の対象外にある。よって,たとえば,日本語の女性や老人といった特定の役割を想起させるような「役割語」16)は,SCoREの対訳においては用いられない。また,文法に関連する等価性を優先することを余儀なくさせる背景の一つにSCoREの英文は1文ずつの構成であるということもある。1文であっても文脈を全く想定できない文というのは現実にはあり得ず,英文に含まれる単語から,文が用いられる状況をある程度限定することは可能ではあるが,その発話状況にふさわしい訳を考えるのではなく,当該英文表現に含まれる文法項目や文の構造をできるだけ反映するような日本語訳が付けられている。2.2.2 優先されない等価性の例以上の方針に沿って作成された日本語訳がどのような特徴を持つかについて,SCoREの英文を訳出するときに優先順位が低い項目の等価性は日本語訳においてはどのように対処されているのかという観点から説明する。⑴ 人称代名詞の明示日本語では人称代名詞を省略することが可能であり,自然である場合も多い。また,省略せずに明示する場合には,たとえば,一人称単数の場合,「俺」,「あたし」,「ぼく」,「我」などのさまざまな表現があり,話し手の社会的地位や状況,聞き手との関係などの文脈を想起させる情報を持つことができる。対して,英語の一人称単数はIであり,原則,表示する必要があり,特別な場合をのぞいて,文脈に応じて語彙が変化することはない。二人称や三人称やそれらの複数形についても同様である。そのため,SCoREの日本語対訳においては,Iは「私」,youは「あなた」,he「彼」,she「彼女」に対応するものとし,基本的には一律的に訳している。しかし,当該の文から主格が自明であったり,所有格の人称を明示するのがあまりに不自然であったりするときなどは,人称を訳さないときもある。(特に,上級学習者用の英語例文の日本語訳については明示しないことも多い。)SCoREの例文では,たとえば,I wish I had more money.という英語文では,Iが二回使用されているが,「私にもっとお金があればなあ。」と訳している。⑵ 終助詞に関わる制限SCoREの日本語対訳では,対人関係を明示するような終助詞の使用を避けている。日本語の文末表現は,形式としては,英語に直接の対応がないものである。日本語文の文末にある「寒いですね」の「ね」や「風邪ひくぞ」の「ぞ」は,聞き手が存在することを想定して発話

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