日本大学生産工学部 研究報告A(理工系)第52巻第1号
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─ 5 ─るため薄くなり,厚み方向の測定に影響を及ぼす。このため,全自動飛跡読み取り装置での解析作業の際に,データ取得効率の低下やノイズの増加を招く。膨潤処理とは,薄くなった乳剤層にグリセリン水溶液を含ませ膨潤させ,水分が蒸発した後も一定の厚みを保つための処理である。今回は,全自動飛跡読み取り装置での解析作業に支障が無いよう乳剤層の一番薄い部分であっても60μm以上とするため,膨潤後の乳剤層の平均厚目標を70μmと設定した8)。膨潤作業に先立ち,紙ワイパー(ケイドライ,日本製紙クレシア)と無水エタノール(99.5%)で,原子核乾板表面に析出した銀の微粒子(表面銀)を一枚ずつ丁寧にふき取った。膨潤作業期間は2016年6月26日~2016年7月19日で,膨潤作業手順は以下の通りである。水浸用の水(41L)をあらかじめ用意し,置換用のグリセリン水溶液(41L)の調液を行った。攪拌には,スターラー(Fine社 FS-01N)を使用した。膨潤後の乳剤層の平均厚目標を達成するために,複数回にわたり原子核乾板の厚みを測定(測定箇所は原子核乾板の四隅)した。まずは水浸前,そして水浸中であっても,水から原子核乾板を取り出し測定を何度も行った(測定回数は原子核乾板の状態に依存するため一定ではない)。水浸後の目標厚は以下の式で計算した。      Tw=(Tf−Ta)/Rg+Ta(1)記号はそれぞれ,Tw:水浸後の目標厚,Tf:膨潤後の目標厚,Ta:現像乾燥後の厚み,Rg:グリセリン水溶液の濃度である。水浸で目標の厚みに達したものをグリセリン水溶液に20分以上浸し,水とグリセリン水溶液の置換を行った。膨潤速度は,水浸用の水温と,グリセリン水溶液の濃度によって制御した。水温は,20℃,25℃,30℃,そして,グリセリン水溶液の濃度は,30%,33%,35%を用意した。水温が高いほど,また,溶液の濃度が高いほど膨潤が早く進む。このため,目標値に近づけるよう時間調整しながら各原子核乾板の膨潤の度合いに応じて適宜水温と溶液濃度の組み合わせを変えた。膨潤処理が終了した原子核乾板は,準備室に設置した乾燥棚に吊り下げて乾燥した。乾燥時には除湿機を稼働させ原子核乾板がカールしないように湿度管理を行った。また,吊り下げ時には,原子核乾板の下辺に溜まるグリセリン水溶液が原因でその箇所だけが厚くならないよう,紙ワイパーで余分なグリセリン水溶液を丁寧に吸い取った。乾燥後は,膨潤作業による厚み変化を確認するため,再び上記同様に原子核乾板四隅の厚み測定を行った。4.3 粒子飛跡情報の取得と評価方法名古屋大学理学部物理学教室F研の自動飛跡読取装置HTS14),16)を使用してすべての原子核乾板の飛跡データを1枚ずつ取得した。原子核乾板の乳剤層(平均の厚み70μm)を16段に分割し,それぞれの断層画像を取得し重ね合わせることにより,記録された銀粒子の連なりを認識して荷電粒子の飛跡(トラック)情報とした。このトラックデータは,乳剤層片側1層の表面側とベース側それぞれにおける位置x,y,z,角度情報tanθx,tanθy,ならびに飛跡の濃さの情報を持つ。ここで,ニュートリノビームに対して垂直に置かれたECC原子核乾板をビーム下流から見て,右向きにx軸,上向きにy軸をとる右手系デカルト座標を考えてビーム方向をz軸とした。また,ECC 最下流原子核乾板の下流側乳剤層表面をz軸原点とした。乳剤層1層だけのトラックデータをマイクロトラックと呼ぶ。原子核乾板は,現像・膨潤により臭化銀結晶をグリセリンで置換するため,現像・膨潤後の乳剤層中のマイクロトラックは,ビーム照射時に対して歪んでいる。また,現像・膨潤後の乳剤層そのものも,周辺の温湿度変化でも形状が3次元的に変化してしまう。そこで,原子核乾板のベース部分は乳剤層の厚みを不変として,それを基準として位置決めをした。つまり,周辺環境の変化に対する依存性が小さい部ベース面との境界側の位置を結ぶ直線を用いて,トラックの角度精度と位置精度を保証した。これをベーストラックと呼び,原子核乾板1枚のトラックデータとして用いた。更に,複数の原子核乾板のベーストラックを連結したトラックをチェインと呼ぶ。原子核乾板の性能を示す指標として,飛跡の検出効率があり,飛跡の貫通した原子核乾板の枚数と,ベーストラックを測定することができた原子核乾板の枚数の比で定義される。今回は,原子核乾板3枚を貫通したチェイン数を分母とし中間の原子核乾板のベーストラックの本数を分子として,原子核乾板ごとの飛跡検出効率を評価した。本実験では,原子核乾板には中性の粒子の飛跡が記録されないので,原子核乾板検出器中で突然始まるチェインを探索して中性粒子であるニュートリノの反応点を検出した。飛跡の検出効率はニュートリノ反応点の検出効率やニュートリノ反応点の誤検出率に直結するため,飛跡検出効率は90%以上であることが望ましい。原子核乾板では,記録された飛跡情報から制限はあるものの粒子識別が可能である17),18)。粒子識別に用いた測定量VPH(Volume Pulse Height)は,乳剤1層あたり16枚の2次元断層画像を取得し各画像において飛跡に付随する撮像素子のピクセル数の和を16枚にわたって合計したものである17)。これは,飛跡の太さを反映し,飛跡に沿った3次元の銀粒子密度の測定に対応する。一方,荷電粒子が物質中を通過する際,物質との相互作用によってエネルギーEを失うことをエネルギー損失という。単位長さ(dx)あたりのエネルギー損失(dE/

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