日本大学生産工学部 研究報告A(理工系)第52巻第1号
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─ 22 ─いるのは,いずれもコブ無のフラット・ゴングと考えられる。6.考察調査結果から,ゴングについてまとめる。1.フラット・ゴングは,11世紀中頃にはすでに存在し,いずれも13世紀初頭までは,軍隊の行進に伴い士気高揚のために打ち鳴らされる楽器として,単体で描かれているものが多い。2.コブ付ゴングの浮彫は,13世紀初頭まで出現していないが,16世紀中頃に制作された浮彫に他の旋律を演奏する楽器とともに現れる。以上のことから,コブ付ゴングは13世紀中頃から16世紀中頃までの約300年間に,カンボジアにおいて使われ始めたものと考えられる。銅鼓を含めたフラット・ゴングは,非整数倍音がたくさん発音して,音高がはっきりと定まらないので,旋律を演奏する楽器としては不向きである。そのため,音高に関係なく,軍隊の行進で士気高揚のために打ち鳴らされる単体楽器として使われていたと考えられる。また,ゴングにコブが付くと倍音成分が抑えられ,音高が定まりやすい。おそらく,平和な時期が訪れ,文化が豊かになり,音楽もリズム中心だけでなく,旋律を中心とした音楽が発展した。そして旋律を演奏する打楽器も考え出され,それに伴って,コブ付ゴングが生まれ,使われ始めたと考えられる。この300年間のインドシナ半島は,まだ,争いが絶えなかった。1431年には,アンコール都城は陥落し,1434年にプノンペン都城が建設される。東南アジアにおいて,この間,比較的平和な時期が続き,文化が発展したところにはインドネシアのジャワ島がある。この時期のジャワ島はマジャパイト王朝であり,その最盛時期は14世紀半ばでジャワ・ヒンドゥ文化が成熟する。インドネシアのジャワ島は8世紀の前クメール王朝から交流があり,あまり歴史の表舞台には現れないが,常に文化交流は行われていたと考えられる。また,序論で述べた通り,日本のお茶会で使われるコブ付の銅鑼は,安土桃山時代にジャワ島から伝わったとされている。そして,現在のジャワ島ガムランにおけるコブ付ゴングの種類の多さは,コブ付ゴングの発祥がジャワ島であることを想像させる。しかしながら,これらのことは,アンコール遺跡だけの浮彫からだけで述べるのは危険であり,今後,さらに,東南アジア諸国にある遺跡を訪れて,データを収集する必要がある。7.結論カンボジアにあるアンコール遺跡,バプーオン寺院,アンコール・ワット寺院およびバイヨン寺院の浮彫に描かれたゴングの調査を行い,11世紀から16世紀までのゴングの変遷について考察した。その結果,コブ付ゴングは13世紀中頃から16世紀中頃の300年間に,旋律音楽の発展とともにカンボジアで使用され始めたことを確認した。今後,さらに東南アジア諸国にある遺跡を訪れて,データを収集して,青銅打楽器の変遷について調査していきたい。謝辞本研究の一部は,JSPS科研費 JP17K02292(基盤研究(C),研究代表者:塩川博義,課題名:音響解析を用いたインドネシア・バリ島のガムランの変遷,平成29~令和2年度)を受けて実施した。また,現地での調査では,浅野専門学校の小島陽子氏 にご協力いただいた。ここに記して深謝する。参考文献1)由比邦子:古代ジャワの奏楽図浮彫が暗示するインターロッキング文化圏―インド化の隠れ蓑を被った東南アジア基層文化の自己顕示―,国際文化論集,2014.3.10,p.1972)黒沢隆朝:図解世界楽器大辞典.雄山閣出版,(1984),p.773)石澤良昭:アンコール・王たちの物語 碑文・発掘成果から読み解く,NHKブックス,(2005)4)Roger Blench: Musical Instruments of South Asian Origin Depicted on the Reliefs at Angkor, Cambodia, The 11th International Conference of the European Association of Southeast Asian Archaeologists, (2008), p.2405)黒沢隆朝:図解世界楽器大辞典.雄山閣出版,(1984),p.71(H 31.2.7受理)

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