日本大学生産工学部 研究報告A(理工系)第52巻第1号
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─ 12 ─ブ付のゴングは,いつ頃どこで最初に製作されたのかはっきりとは分からない。8世紀末から9世紀半ばにかけて建造されたインドネシアのジャワ島にあるボロブドゥール遺跡には楽器の浮彫がいくつか描かれているが,金属製打楽器は小型シンバルや鈴だけでゴングは描かれていない1)。また,日本のお茶会で使われるコブ付の銅鑼は,安土桃山時代(16世紀末から17世紀初め)にインドネシアのジャワ島から伝わったとされている2)。現在,著者は「音響解析を用いたインドネシア・バリ島のガムランの変遷」というテーマで研究を行っている。これら東南アジアの金属製打楽器の起源や変遷を調べることは,ガムランの変遷を論じる上でも重要な事柄である。カンボジアにあるアンコール遺跡の浮彫には多くの楽器が描かれており,今回,訪れて調査することができた。そこで本報では,アンコール遺跡の浮彫に描かれた金属打楽器を取り上げて,ゴングの変遷について考察する。2.アンコール遺跡におけるゴングの浮彫に関する先行研究アンコール遺跡に描かれる浮彫や碑文に関する研究はカンボジアを植民地として統治していたフランスの調査研究や石澤らの研究3)など数多くあるが,描かれている,あるいは書かれている内容や美術様式に関するものが多く,ゴングに関するものは少ない。Roger Blenchは,アンコール遺跡に描かれている楽器を紹介する論文4)を書いているが,数ある楽器の内でゴングをひとつ取り上げているだけである。黒沢は楽器大辞典における楽器の紹介の中で,アンコール・ワットの浮彫5)を一部取り上げているが,特に,ゴングの変遷を考察しているわけではない。本報では,アンコール遺跡のバプーオン寺院,アンコール・ワット寺院,そして,バイヨン寺院の3寺院におけるゴングと思われる壁面浮彫を調査して比較検討する。3.調査対象のクメール遺跡3.1 バプーオン寺院バプーオン(Baphuon)寺院は,アンコール・トム(Ankor Thom)遺跡群内にある王宮とバイヨン寺院の間にある。ウダヤーディティヤヴァルマン2世が1060年頃に建立したと言われているヒンドゥ教(シヴァ派)寺院である。3.2 アンコール・ワット寺院第一回廊アンコール・ワット(Ankor Wat)は,スールヤヴァルマン2世が1113年から1150年頃に建立したと言われているヒンドゥ教(ヴィシュヌ派)寺院であり,第一回廊の壁面に多くの楽器が薄肉浮彫で描かれている。西壁面南側浮彫には,古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」のクライマックスの戦闘場面が描かれている。また,西壁面北側浮彫には,もうひとつの古代インドの大叙事詩「ラーマーヤナ」の場面が描かれており,特にランカー島の大戦闘場面が描かれている。南壁面西側は,王座に座るスールヤヴァルマン2世が描かれている「歴史回廊」と言われている浮彫である。また,南壁面東側浮彫には,「天国と地獄」が描かれている。東壁面南側浮彫には「乳海攪拌」が描かれている。1546年から1564年の間に未完成であった第一回廊東壁面北側および北壁面に,アン・チャン1世が薄肉浮彫を刻ませている3)。その東壁面北側浮彫には,「ヴィシュヌ神と阿修羅の戦い」が描かれている。また,北壁面東側浮彫には,クリシュナとバーナ(阿修羅)の戦い,北壁面西側浮彫には,アムリタをめぐる神々と阿修羅の戦いが描かれている。3.3 バイヨン寺院バイヨン(Bayon)寺院は1181年から1218年まで在位したジャヤヴァルマン7世によって建造され,13世紀初めに完成された。描かれている内容は,第一回廊では,チャンパ軍とクメール軍の戦闘場面とそれを支えた庶民の日常的な生活や貴族の暮らしが多数盛り込まれている。第二回廊では,乳海攪拌などのヒンドゥ教の神々の世界や当時の宮廷内の様子が描かれている。いずれも,アンコール・ワットと同様に,薄肉浮彫である。4.青銅製打楽器4.1 ゴング(銅鑼)ゴング(gong)は英語としても通用するが,本来インドネシアのジャワ島やバリ島の言葉であり,日本では銅鑼のことである。インドネシアでは,低いゴンという音を出す大型のコブ付銅鑼のことをゴング(Fig.1)と呼ぶが,黒沢は,大小の区別なく,板金を槌で打つ種類をゴングとして6種類のゴング様式に分類している5)。本報では,その分類様式で第2類盆形式のコブがないゴングをフラット・ゴングとし,第4類瘤形式コブ付ゴングをコブ付ゴングとする(Fig.2)。コブ付ゴングの桴は,高次倍音を抑え,音高をはっきりさせるために,先に布を巻き,丸く団子状にしているものが多い(Fig.3)。4.2 銅鼓銅鼓をFig.4に示す。中国から東南アジアで広い範

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